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第20回 愛しのアナ<後編:ラスト・ナンバー至上主義>

 ”番組でもっとも重要なのは最後を飾る1曲”と考えるラスト・ナンバー至上主義者である私は、担当番組において事情が許す限り、その年最後の放送の最後の曲として、その年に耳にした中でもっとも好きになったものを選んでいる。数々のすばらしいポップスとの出会いを作ってくれた1年間を、自分にとっての一番の曲で締め括りたいからだ。

ナタリー:マーキングですか?子供っぽい男性的な達成感ですね。
ライアン:なぜ、男性的と? 
ナタリー:….子供を産めないから。

 先日、BS放送でもう一度観る機会を得た映画『マイ・レージ、マイ・ライフ』(09年)の中で、あるシーンにて交わされた会話の大意だ。いい大人の男性が妙なものに過度のこだわりを示す傾向に対して、説得力ある意見が述べられて印象的だった。男性(とは限定できないけど)の、表現欲求を初めとする行動原理に自らの存在証明を遺そうとする生物的本能があるのであろうか。ジョージ・クルーニー演じるライアンが、人類で6人しか到達しておらず従って月面に降り立った数よりも少ないという、(搭乗機の飛行距離によって得る)1000万マイレージ到達を目指していることを揶揄する件りにて、このセリフを述べたナタリー役が、わが愛しのアナ・ケンドリック。そこでの勝ち気で理知的、かつ若さがやや空回りするキャラクターを伝える達者な演技は、後半脆くも崩れさる自信への確かな布石になり、物語全体の色彩にとって大切な一部となっている。
 3年後の『ピッチ・パーフェクト』(12年)でのコメディエンヌ的な立ち位置でも、屈託のなさと屈折の深さが絶妙な女性ベッカ役で、アナだからこその演技によって物語を推進している。そして私がアナ・ケンドリックに執心なのは、「Cups」という曲の存在ゆえなのだ(という、お話でしたね)。

 映画『ピッチ・パーフェクト』にて、大学の女性アカペラ・グループ=バーデン・ベラーズへの加入オーディションに遅刻して現れたベッカが、一芸披露とばかりにペン立てに使われていたカップを借りカポカポと即興演奏よろしく用いて歌ったのが「Cups」。結果彼女はメンバーに加わる。が、ストーリー上、それほど大きなインパクトがその曲自体にあったわけではなく、ましてごく短い瞬間芸に近い使われ方だったのだ。それがヒット曲へと化けた。映画から評判を集めた曲に話題性を盛って、さらに『ピッチ・パーフェクト』への関心を持続させようというような思惑がどれほどあったかは判らないが、「Cups」は全米ヒット・チャートを上り出す。関東エリアで毎週土曜日午後にAFNで放送されている『RICK DEES WEEKLY TOP40』で耳にした「Cups」は、聴く度に私の心を捉え次第に忘れられなくなっていった。ビルボード誌のHOT 100では、13年8月17日付けから2週最高第6位に到達。このとき上位にいたのは「ブラード・ラインズ~今夜はヘイ・ヘイ・ヘイ」(ロビン・シック)、「ウィ・キャント・ストップ」(マイリー・サイラス)、「レディオアクティヴ」(イマジン・ドラゴンズ)、「ゲット・ラッキー」(ダフト・パンク)、「ホーリー・グレイル」(ジェイ・Z)。

 興味深いのは、厨房で生地を広げるアナがピザ作りをしながら歌い出す、この曲のオフィシャル・ビデオ・クリップだ。映画より前にこれを観たのでてっきりそんなシーンがあるのかと思っていたら、前述の通り使われるのはオーディション場面。アメリカで最初に出たサウンドトラック・アルバムではオーディションでの簡易なヴァージョンしか聴けなかったこともあり、よりメリハリのあるポップ・ヴァージョンが録音され、ピザのものはそれに合わせて制作されたクリップのようだ。しかも正規音源ポップ・ヴァージョンよりも、客や他の店員もいっしょにカップ=コップを操る箇所の音などを加えてアドリブ性を高めた映像オリジナル・ヴァージョンが付けられている。なんと手の込んだ!

 「Cups」は映画のためのオリジナルではなく、意外に古い曲だった。28年と35年にカントリーの伝説的存在であるカーター・ファミリーが録音した「When I’m Gone」が原曲であり、イギリスのルル・アンド・ザ・ランプシェイズが11年に発表したシングル「Coldwater」のカップリング曲として「You’re Gonna Miss Me」のタイトルで取り上げたものをさらにカヴァーした(だから作者クレジットにランプシェイズのメンバーだったエロイーズ・タンストール・ベーレンズとルイザ・ガースタインが含まれている)。
 『ピッチ・パーフェクト』劇中のアナ演じるベッカは、本来DJ/音楽プロデューサー志望の大学生なのでインターネットでランプシェイズ版をキャッチして知っていた、ということなのかもしれない。

 可能な範囲で自分の担当番組で紹介し続けた結果、私が2013年に耳にした中で一番好きな曲となったので、ラスト・ナンバー至上主義にのっとって、その年の『ミュージック・プラザ 洋楽ヒット・グラフィティー』と『FUN☆TASTIC』の最後の曲は「Cups」だった。

 「Cups」が『ピッチ・パーフェクト』の生命力をより確かにしたことは続編への大きな弾みになったはずで、15年5月に全米公開された『ピッチ・パーフェクト2』は、約6921万ドルの興行収入をあげて週間ボックスオフィス・ランキング第1位に輝いた。おそらく、この大ヒットが予想された時点で第2作の日本公開が決定し、そのため(?)第1作が5月29日から日本でも劇場にかけられたのだろう。めでたし。「Cups」のポップ・ヴァージョンを正規流通させる意味もあったはずのサントラ『MORE FROM PITCH PERFECT』からの音源も加えた『ピッチ・パーフェクト』(オリジナル・サウンドトラック<完全盤>)[写真下]も5月27日に国内発売されている。なお、映画と音楽がいかに重要に関わり合っているかを証明するように、5月12日にアメリカで発売された『PITCH PERFECT 2』のサウンドトラックは、5月30日付けで全米No.1アルバムに輝いている。

『ピッチ・パーフェクト』(オリジナル・サウンドトラック<完全盤>)

 アナがライアン・レイノルズと共演した映画『ハッピーボイス・キラー』が今年9月19日に公開される予定。そして『ピッチ・パーフェクト2』の日本公開は10月だ。愛しのアナと、またスクリーンで逢える!(←イタいですね…)

 追記:それからすでに『ピッチ・パーフェクト』第3弾の制作も決定しました。アナと、ファット・エイミー役のレベル・ウィルソン(暴力的なまでにかわいい!)の出演が明らかにされてます。

(2015.07.23)

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