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内田正洋 内田沙希 シーカヤックとハワイアンカヌー 海を旅する父娘の物語 photo by James Hadde

第16回 海旅を教える意味

 前回の最後に、再び人生に激変があったと書いたが、こいつはかなり社会的な激変である。何が変わったかというと、なんと私(ワシと読んでね)が、海上保安庁のアドバイザーになってしまったのである。海上保安庁に対して助言する立場となったのである。おったまげ!なのだ。
 実は、今年度(2016年度)から霞が関にある海上保安庁(本庁)の交通部に安全対策課という部署ができ、それで安全対策に関し外部からのアドバイスがどうしても必要となり、それで私を含め4人のアドバイザーが誕生したのだ。
 正式には「海の安全推進アドバイザー」という制度である。この4人には、それぞれの専門があり、水上バイク、サーフライフセービング、そして小型船舶エンジンである。私の場合はカヌーやカヤックなどパドリングスポーツに関する助言を行なう。安全の推進だからセイフティアドバイザーであるな。
 海上保安庁というのは、開庁以来、海での事故に対する救助(レスキュー)や安全確保(セキュリティ)を主な使命としてきたけど、事故の事前防止のための安全対策(セイフティ)に関しては、それを担当する部署がなかったのである。レスキューのプロではあるけれど、安全対策というのは一種の教育であるから、それに見合う人材を育てていなかったのだ。そこで、民間から人材をピックアップして、カヌースポーツ(パドルスポーツ)に関しては私が指名されたというわけだ。初めての外部からのアドバイザーである。
 
 霞が関の本庁で委嘱式まで行なわれ、長官を始め、上層部の面々にもお願いされ、無償ボランティアだけど、まぁ名誉なことでもあるから私は引き受けたのである。引き受けたからには、無償だろうが本気で取り組むことになるし、ドシドシと遠慮なく助言、進言していくのである。この話を元海上保安官の親父に話したら、当初は信用しなかったものの、昔の同僚から「海上保安新聞」に記事が出ていたゾと聞き、ようやく信用してもらえたのである。40年も巡視船に乗っていた親父だけど、長官に会ったことなどなかったと、息子の出世?に驚くのであった。
 2016年の12月から正式になり、とりあえず2017年度いっぱいは、その職に就くことになる。その後のことはまだ分からない。

 で、アドバイザーになった途端の12月、いきなりシーカヤックの事故があり、2名の方が亡くなられた。三河湾での事故だった。2艇で漕いでいたのだが、両名とも亡くなられたので原因はハッキリしない。とはいえ、ある程度は推測できるため、私に課せられた役割は、彼らの死を無駄にしないために事故原因を考え続けることしかない。
 考えたことを海上保安庁に伝えたり、シーカヤックを楽しむ人たちにも伝えたりしなければならない。それが役目だと、いきなりアドバイザーとしての自覚をせざるを得ない状況になり、責任の重さも実感している。大晦日には、海ではなく四国の吉野川で、カヤックの死亡事故があり、若い女性が亡くなった。
年が明けて2017年になって早々にも、今度は海でシットオン(トップ)カヤックが転覆し、再乗艇できずに流されていたが、幸い近くにいた漁船が救助してくれて難を逃れている。三河湾の事故では2艇とも一応はシーカヤックであったが、1艇は自作と思われる耐水ベニヤ製で、もう1艇は古いモデルで前側に隔壁のないタイプだった。2名ともあまり海での経験がなかったようで、普段は川でカヤックを楽しまれていた方々のようだった。
 
 それで、海上保安庁に助言したのが、シーカヤックとは何か、である。今のところ、海上保安庁にはシーカヤックとシットオンカヤックの違いに関する認識がない。海にいるカヤックのすべてがシーカヤックだと表現している。しかし、私らがシーカヤックと呼ぶカヤックは、シットオンカヤックとは明確に分類されるものだ。何が違うかというと、耐航性に違いがあるのだ。そこが重要なポイントである。

 例えば、2016年の海でのカヤック事故は25件(26艇)も発生している。それがすべてシーカヤックと報告されているのだが、そのうち明らかにシットオンカヤックだと分かったのが7艇、シーカヤックと報告されてはいるがシットオンカヤックだと思われるのが4艇、空気を入れるゴムカヌー(インフレータブルカヌーともいう)が2艇、折り畳み式のシーカヤック(フォールディングシーカヤックという)が1艇で、明らかにシーカヤックの部類に入るのが年末の2艇を入れて3艇である。
 あとはセーリングカヌーが1艇、モデル名が不明の、おそらくレクリエーションカヤックが3艇となっている。そして最後にSUP(スタンドアップパドルボード)が5艇(5枚?)という内訳だ。
 つまり、シーカヤックの事故とは報告されているけど、実際はシットオンカヤックが11艇ほどで、ゴムカヌーやレクリエーションカヤック、そしてSUPが事故の大半を占めているのが分かる。これらのカヤックやカヌー、SUPには耐航性がないのである。海上でのセルフレスキュー(自己救援術)もかなり難しい。
 25件の事故のうち亡くなられた方々は7名。シットオンカヤックで2名、ゴムカヌーで1名、SUPで2名、そして年末のシーカヤック2名となっている。
 シーカヤックやフォールディングシーカヤックというのは海旅用として作られているけど、それは耐航性があることを意味している。英語ではSEAWORTHYという言葉がある。要は、航海に耐え得る能力があるということだ。転覆しても自己救援ができるかどうかが、カヤック自体はもちろん漕手にも求められる。シーカヤック訓練の初期段階に、自己救援術、つまりセルフレスキューの訓練は欠かせない。なので、シーカヤックで海旅している連中は、セルフレスキュー訓練を充分に積んでいるものである。
 
 こういう事実を海上保安庁に教えることから、まずは始めている。耐航性のないカヤックやカヌー、SUPで海に出る危険性は明らかに高いと国民に知らせなきゃならないけど、その前に海上保安庁に伝えるのが役割となったわけだ。
 もちろん、海上保安庁に報告が来る事故が、すべてではない。通報がない事故はさらに多いはず。近年事故が増えたのは、単純に人口が増えているからであろう。シットオンカヤックはフィッシングカヤックとして釣り好きの人たちが使用するようになっている。彼らは釣りの技術に比べ、漕ぐ技術が低い傾向が強くある。
 フィッシングカヤックが増えているのはアメリカでのブームがあるからだ。アメリカには膨大な内水面があるから、淡水でのフィッシングが盛んなのだけど、日本ではそれが海になってしまうので、海での事故につながっている。
 また、SUP人口も爆発的に増えている。SUPやフィッシングカヤックの増加は日本だけじゃなく世界的なことでもある。SUP競技などはすでに世界選手権さえ開催されている。競技の場合は、安全を確保して行なわれるが、その練習や単なる海上散歩的な使い方では、安全は担保されていないことが多い。

 と、まぁやけに詳しく書いているけど、それが今回の題目なのである。それに、耐航性があるとはいえシーカヤックで海旅をするには海に関する知識や感覚がとてつもなく重要な要素となっていることは間違いない。以前言及したように「海気」を感じているかどうかである。日本語としては死語となっている「海気」だけど、私はこの言葉を復活させたいのである。海気が分からなければ海へ出るのはやめろ、ではもちろんない。海気を理解するために海に出続けよう、ということである。それには海旅の経験が必要だ。しかも一歩ずつ確実に、という感覚で。
 
 海旅の目的は、海気の理解へとつながっていることだ。海旅人口が増えれば、日本列島には海気を理解する国民が増えていく。そうすれば事故も減っていくし、海で亡くなる人たちも少なくなっていくだろう。
 何しろ、毎年水難事故(海以外も含めて)で亡くなる人たちは、800人前後。1975年頃には3000人以上もいたので、かなり減ってはいるが、この10年以上は毎年800人前後が亡くなっていて、ほとんど減らない。対策に、やはり何かが足りないのだ。そういう危機感が、セイフティアドバイザー制度にもつながっている。その原因を考えるのが私らアドバイザーの役割なのだろう。
 特に昨今はパドルスポーツ人口が確実に増えている。逆に漁船は激減している。だから漁船の安全対策も重要だけどパドルスポーツ対策も急務だということになる。それには「海気」を理解する人を増やすしかないし、つまりは漕いで海に出る人を増やすしかない。相当なジレンマになるけど、だからこそ海へと漕ぎ出す人を指導する人たちが必要になる。
 シーカヤック指導員やSUP指導員を公認できるようなシステムを作り、彼らが指導員として仕事ができる社会環境を作り上げる。さらに指導員たちは、例えばシーカヤックガイドといった職業に就くことができる環境が必要だ。要は、指導することが職業にならなければ、継続ができないのである。

 実際、今の日本には、シーカヤックガイドと呼ばれる職業人が100人以上は確実に育っている。シーカヤックツアーを主催する連中である。シーカヤックガイドが彼らの生業である。しかも彼らはシーカヤックの指導もする。そうしなければツアーが開催できないから。だからシーカヤックガイドは、指導をする教育者でもある。そういうことを海上保安庁にも伝えていくのである。海上保安大学校でもシーカヤック教育が必要になるのも必然的な動きである。
 そして、さらにはシーカヤック指導員やシーカヤックガイドまでを育てる先生も必要になり、その先生たちもレクチャラー(講師)として仕事ができる環境にならなければならない。そうやってどんどんシーカヤックに関する仕事が増えていく。そうなれば、海気を理解する連中が増え、海での死亡事故が減っていくと私は確信している。
 
 そういうわけで、今後の日本の海には、シーカヤックの安全を推進するセイフティリーダーが出てくるはずである。当然ながら海上保安庁、いやジャパンコーストガードが認定したリーダーたちである。私は今、そういうビジョンで海を漕いでいるんだな。

(2017.3.2)

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