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FRONT FACE VOL. 1
海洋冒険家 白石康次郎(part.1)

(2017.11.1)

仕事は“生き方”。
就職は生き方を選ぶこと。

ビジネスCD『BUSINESS TODAY』(*)の人気企画、時代の最前線で活躍する「FRONT FACE」のインタビューを文字情報としてお届けするコラム。記念すべき第1回目にご登場いただくのは、大海原をフィールドに活躍する海洋冒険家の白石康次郎氏です。まずはパート1をどうぞ。
インタビュアーは経営デザイナーの中島セイジ氏。
 

(*)株式会社クオーターバックが毎月発行するビジネスCD。2017年7月創刊。
   申し込み、お問い合わせはクオーターバック・ビジネストゥデイ事業部 03-5225-6601
   ホームページからも申し込みできます。http://bt.q-b.co.jp/business_today/

海洋冒険家  白石康次郎

 
世界一過酷なヨットレース“ヴァンデ・グローブ”
 
中島「白石さんは、2016年に行なわれた、世界で一番過酷なヨットレースと言われている、“ヴァンデ・グローブ”に出場したんですね! 残念ながら、南アフリカ沖で途中リアイアになってしまったんですが、まずは、このレース自身がどんなレースなのか、というところからお話をうかがってもよろしいですか?」
 
白石「はい! ヴァンデ・グローブというのは、フランスで行なわれている“単独無寄港世界一周ヨットレース”ですね。要するに、大きなヨットにたったひとりで乗って、フランスを出港して、どこの港にも寄らずに約80日間で、風だけの力で帰ってくるというヨットレースです。今回で8回目になるんですけど、今までの完走率が約半分。亡くなった方もいるレースですね。本当に過酷なレースだと思います」
 
中島「無寄港だから当然、港には寄らないわけで、そうするとはじめに80日分の水と食料を積んでレースをする、ということですよね?」
 
白石「そうですね、船は軽ければ軽いほど早いんですよ。今は船の性能が上がったんで、航海時間が少し短くなって、だいたい80日から90日ですね。水はね、もう積む選手はいなくなりました」
 
中島「え、そうなんですか!? どうするんですか?」
 
白石「“造水機”といって、海水を真水に変える装置があるんですね。どうしても我々はコンピュータとかオートパイロット(=自動操舵装置)を使うので、発電する必要があるんですよ。なので、その時に同時に水をつくる、という感じになってきましたね。僕が10年前にやった“ファイブ・オーシャンズ”というレースには、“レグ(=目的地までの間を、寄港地ごとに区切った区間)”があったんで積んで行きましたけど、今はもう積む選手はいないですね。真水をつくりながら走ります」
 
中島「“少しでも軽くしよう”というのがテーマになっている、というわけですね」
 
白石「そうです。素材も全部フルカーボンなので、船自体の値段も、だいたい4億円くらいしますね」
 
中島「60フィートの全長、というのは、わかりやすくいうと何メートルくらいなんですか?」
 
白石「バス2台分です。大きいです。縦がバス2台分ちょっと欠けるくらいですね。普通は、クルーが10人から13人くらいで扱う船を、僕らはたったひとりで扱うわけですね。セールも大きく、28メートルのマスト、つまり7階建てのビルくらいの高さのマストを、ひとりでコントロールしないといけないんですね」
 
中島「僕の記憶では、ヨットというとみんなが片方にぶら下がりながらバランスを調節する、というイメージですが、それも全部ひとりでやるということですよね」
 
白石「そうです」
 
中島「思うようにいかないこともたくさんありますよね?」
 
白石「思うようにいくことの方が少ないです」
 
中島「僕、たまたまとある番組を見てまして、そこで“帆の先のほうで何か折れちゃった”とあったんですが、あんなことも日常茶飯事なんですか?」
 
白石「そうですね、もういっぱいあります。船が壊れたりしますね。あと、意外と最近多いのが、クジラとの激突ですね。それが原因で、今回も一杯の船が沈みました。幸い、スキッパーは助かったんですが、今後もものすごく多くなると思います。だけど、そればっかりは、いくらクジラを見張っていても、彼らは下から上がって来ますから、これは“運”でしかないんですよ」
 
中島「もしクジラが見えたら避けることもできますけど、下から来るんですからね。あと、食料のことも聞いておきたいんですが、その番組内で、いきなりイカが船に飛び込んで来て、白石さんは“これ、美味しいんですよ”と言って、醤油かなんか出して食べていた気がするんですけど、食料はどんな風に用意しているんですか?」
 
白石「食料は“アルファ米(=乾燥米)”を積んでいきます。船の条件として80日間、日持ちするものですね。当然、船には冷蔵庫なんてないです。赤道付近は40度を超える。南氷洋はゼロ度近い。そんな環境で半年間保つものといったら、もうレトルトしかないんですよね。あとは、なるべく軽いものね」
 
中島「何としても軽くしないと、風を受けながらもたくさんの距離を走ってはくれない、ということですね」
 
白石「そうですね。かといって、じゃあ軽くすればいいかというと、そうではないんですね。体を動かさなくちゃいけないんで、栄養バランスも必要だし、食料はモチベーションにも大きく関わってきますから、そこを考えて各スキッパーは食料を積んで行くようですね。ただ、日本はね、レトルト食品でいうとナンバー1かな。世界ナンバー1だと思っています」
 
中島「そのぐらい種類が揃っているんですね」
 
白石「はい、だから最近はヨットで長く航海しても、不自由を感じたことはないですね」
 

 
一ヶ月に120万人が来る、フランスの国民的スポーツ
 

海洋冒険家  白石康次郎

 
中島「そんな過酷なレースになぜ、白石さんがチャレンジし、そしてまた4年後の再チャレンジを見据えているんでしょうか?」
 
白石「もともと僕はヨットでというよりも、世界一周をしたかったんですね。そこで、“どうせ世界一周をするんであれば、ヨットでやりたい”と思ったんです。レースとしてではないんですが、26歳で単独無寄港世界一周はしています。で、今度は世界のトップレースになるわけですね。これは、僕が出場するまで、今までアジア人で出場した人はいなかったんですよ。“この最高の、世界のトップレースに出てみたい”ということでやってきましたが、ここまで来るのに30年かかりましたね」
 
中島「アジアの人が今まで出ていない、ということは、お金の問題や、どういう船がいいのか、またクルーや協力してくれる人たちといった、そういう問題から、アジアの人たちはチャレンジできなかったんですかね?」
 
白石「そうですね。地球の裏側で行なわれるレースですよね。そして地球を半周しなきゃいけない。フランスの場合はヨットレースが盛んで、特にシングル・ラン(=ひとり乗りでの競争)は盛んですね。ヨットはフランスの国技です。国をあげて応援しているんですよ。その証拠に今回のヴァンデ・グローブでは、“ヴィレッジ”という、僕らの船が置いてあるところに、一ヶ月に120万人が来ているんですよ。スタートする時には、35万人来ているんですね。ヨットレースを見に、これだけ来る国民というのは、フランスがナンバー1かもしれないですね」
 
中島「だって、出航しちゃったら、もう見られないんでしょ? それでも、それだけ集まるんですか!」
 
白石「“メディア・インパクト”という、メディアにどれくらい報道されたかに注目した時、例えば自転車で有名な“ツールド・フランス”や“全仏オープン”よりも、ヴァンデ・グローブのほうが上です。それだけフランスではヴァンデ・グローブに対するメディア・インパクトがあるんです。この間も、僕は行かなかったんですが、選手たちが(*当時の)オランド大統領に呼ばれていましたね」
 
中島「それぐらい、フランスをあげて人気があるんですね」
 
白石「特にウエスト・フランスではナンバー1スポーツですね。だから、日本の大相撲にフランス人が挑戦するようなもんですよ。有色人種で出場しているのは僕だけですからね。白人ばっかりの中でチャレンジするということは、ものすごくハードルが高いです。パッと行って出られるレースではないですからね」
 
中島「しかし白石さん、非常に人気があったんですよね!」
 
白石「まぁ、“オーシャン・サムライが来た!”ということで、僕や僕の船、チームは人気がありましたよ。珍しいし、初めてアジア人が来たということで、みんな非常に好意的で、協力的でした。それはとってもフランスの人には感謝しています」
 
中島「で、急に変なことを聞くんですが、白石さんがテレビ番組でも言っていたと思うんですが、船酔いはまだちょっと治っていないんでしょうか?」
 
白石「そうなんですよ。僕、ヨットでいうと世界5周してるんですよ。それでも治らないですね」
 
中島・白石「(笑)」
 
中島「そんなもんなんですね」
 
白石「でも意外とね、スキッパーで船酔いしている人はいますよ」
 
中島「あ、そうですか。いるんだ、やっぱり」
 
白石「だから、船酔いして平気なわけじゃないですよ。苦しさはみなさんと一緒です。でもやっぱり、好きだから耐えられるんでしょうね」
 
中島「それで、しばらくすると全然もう大丈夫になるんですか?」
 
白石「まぁ、完全に治るまでは一週間かな。最初の3日間はもう地獄の苦しみですよ」
 
中島「それでもやっぱり、それだけヨットレースがおもしろいんですね」
 
白石「地球一周はおもしろいですよ!」
 
中島「80日間から90日間は、誰とも会わないわけじゃないですか。テレビか何かの中継のときは当然ありますが、それでも世界一周をするという目的を夢見ていれば、それぐらいは十分耐え切れる、ということですか?」
 
白石「そもそも、“寂しい”ってことに耐えている感じはないですね。もう夢中でやっていますから、寂しいと思っているスキッパーは誰もいないと思いますよ。みなさんが普通に好きなスポーツをやっているのと一緒ですね」
 
中島「半年くらい船に乗っているわけですよね。その間は何を思っているんですか?」
 
白石「“早く帰りたいな”とは思っていますよ。例えばよく、“仕事が嫌だ”とか“仕事が辛い”って言う人がいますよね。でも、その一方で、仕事を楽しんでいる人もいます。仕事が原因じゃないんですよね。ストレスにおいても、仕事にストレスを感じている人もいれば、夜中ずっとマージャンをやっている人もいますよね。どっちが過酷かって、夜中ずっとマージャンをやっている人のほうが過酷ですよね? だから、原因は仕事や勉強にはないんですよね。嫌いなことをやっているから、辛いんです。嫌いなことをやっているから、ストレスが溜まるんですよ。僕は好きなことをやっているんで、だから辛くも寂しくもないんですね」
 
 
“単独無寄港世界一周会社”があれば、僕は必ず就職します!
 
中島「そのヨットのための訓練や、陸上では普段どんな日々を送っているのかなどもうかがっていいでしょうか?」
 
白石「僕のスポーツは、海だけが競技じゃないんですよ。スタートラインに立つまでにチームを作んなきゃいけないんですね。まず、船を手に入れる。それまでには何億円も必要になります。チームの運営にも何億円も必要ですね。協力してくれる人やスポンサー、こういったものは全部、レースです。
 我々プロ・レーサーは、同じ条件では戦わないです。ルールは一緒です。ただ、船は全部違います。最新艇から、僕みたいに古い船まであります。いかにいい状態でスタートするかが勝負なんですね。それは“日々”です。だから、丘に上がっても区別はないですね。
 このレースは、人生を懸けるんですよ。それは他のスキッパーも同じです。急にやりたくなってもできないので、まず丘には丘の冒険があるんですね。宮本武蔵の書物にも、“戦いは常の心と変わってはならない”って書いてありますが、つまり、戦いの時も普段と一緒だということですね。逆に言うとね、普段の時も戦いと一緒だよ、と言っているんですよ。だから、丘は丘で一生懸命やって、その一生懸命さで応援団が決まってくるんですよね。
 このヨットレースの特徴は、この“丘の冒険”つまり、“人間界の冒険”です。そして“海の冒険”は、“対自然界”ですよね。ヴァンデ・グローブっていうヨットレースは、人間界と自然界という、地球丸ごとを楽しめるんですよ。こんなレースは他にはないですよね。そこがこの、ヴァンデ・グローブの魅力かな」
 
中島「じゃあもう、2020年に向けてすでにレースは始まっているということですね!」
 
白石「始まっています! 例えば今、この会話もCDに録音していますよね。これも、本当に一生懸命やるんですよ。誰が聴いているかわからない。ひと番組、ひと講演が一期一会ですよね。この積み重ねが次のレースに効いてくるんです。だから、日々そういう気持ちで丘では過ごしています。友達と会うときも、仲間を頼るときも、仕事している時も、ですね。あと、僕は次のレースで死ぬかもしれないんですよ。“これで最後かもしれない”、これは毎回思います。なので、ひとつひとつが大切な時間かな」
 
中島「そういう意味では、レースではないにしても、その延長上で自分の目一杯をどうやって出していくかということなんですね」
 
白石「それがね、“生きていく”っていうことなんですよ。だから、冒険って“危険を冒す”とか、“命を無駄にする”ようなことを言うけど、全く逆で、丼ぶり一杯のご飯を食べて感謝したりすることに繋がるんですよ。
 ヨットってね、トイレが動くんですよ。船が動くから、トイレが暴れ回るわけ。動かないトイレって、有難いんだよ。船の上では、あんなに落ち着いてトイレすることなんてないもん。だから、ひとつひとつに感謝できる、ということかな。“感謝”ってとても気持ちいいんですよ。これが、このヴァンデ・グローブをやることによってもたらされた、すごくいいことなんですよね」
 
中島「ところで、26歳で世界一周して、今50歳ですよね。ということは、ずっとヨットをテーマにして過ごしてきている、ということですよね。一度も働いたことはないんですか?」
 
白石「ないですね」
 
中島「別に働きたいとも思わないんですか?」
 
白石「そんな意識もないですね。例えば、“単独無寄港世界一周会社”があれば、僕は必ず就職します。どんな難関を突破してでも就職しますよ。要するに“仕事”ってね、お金を稼ぐため、という面もあるんだけど、“生き方”なんですよ。だから就職活動する時も、会社を選ぶ行為が就職ではないんだよね。“生き方”を選ぶんですよ。
 “働く”ってね、“傍(はた)を楽にする”ことなんですよね。逆に言うと、“傍(はた)迷惑”ってありますよね。だから、僕は何をもって働いているかというと、ヨットでこうやって一生懸命頑張っている姿で、みんなを喜ばせるんですよね。会社はないわけ。ただ僕が、必死になって海外にチャレンジする姿を見て、みんなは応援してくれるんですよね。そこが僕にとっての“働く”ってことかな。ビジネスではないです」
 
中島「ビジネスとか働く、と言っておきながらも、結果として白石さんは、自分の命や使命を持ちながら、人生を活性化させようとして生きているわけじゃないですか。本当はそっちを大事にして、その中にどうやってビジネスを組み込むか、ということを考えなければいけないのを、みんな勘違いしているということですかね」
 
白石「僕は特に、サラリーマンなんかは立派だと思うわけですよ。僕の親父もずっと保険会社のサラリーマンをやって育ててくれていたんですね。毎日同じ時間に出て、頑張ってくれたんです。それは立派なことですよ。あれだけの満員電車に耐え切れるのは、日本人だけです。それを誇りに思うのか、不平不満に思うのかで、人生に差が出ます。
 だから、何かをやるにしても、“あなたは自分のコンパスに従って、幸せな方に舵を切っているんですか? それとも不平不満の方に舵を切っているんですか?”ということなんです。やっていることは一緒ですよ。状況は変わらないんだから。“あなたはどっちの方を向いていますか”。これによって、人生は大きく違ってくるんじゃないかな、と思いますね」
 
中島「本当にやりたいことをやらないと、当然続けられないし、まず“人生をどうやって生きるか”という部分がないと、いい仕事もできないし、傍を楽させることもできない、ということですね」
 
白石「だから、おもしろいのは、“ヨットで稼げるのか”と言われたら、稼げないんですね。マーケットがないですから。“ライス・ワーク”と“ライフ・ワーク”っていう言葉があるんです。つまり、“稼げる仕事”と“自分のやりたい仕事”。得意だからって、稼げるわけじゃないんですよね。僕なんかこうやって話したり本を書いたりしていて、これで食っていこうなんて思っていないんですけど、そっちの方が稼げるんですよ。ヨットで稼ごうとしても、賞金もないですからね。本当は好きなことばっかりやっていて、お金が入る方がいいんだけど、なかなかそういう人生ではないですね。ただ、どちらも大切かな」
 
中島「本では稼いでいらっしゃるんですか?」
 
白石「本はね、意外と評判がいいんですけど、作家になりたいかと聞かれれば、全然作家になりたくないですからね(笑)。大好きなヨットはどうなのかというと、僕ヨットは苦手なんですよね(笑)。人生って、おもしろいね」
 
中島「本も含めて、白石さんは夢をこうやってみんなに与えているんですね」
 
白石「そうなのかはよくわからないけれど、やっぱり好きなことを一生懸命やるのがいいですよ。不平不満を言わない、せっかくやるんだったら、楽しくやった方がいいな、と思っています」

 

(2017年4月収録)

 

海洋冒険家  白石康次郎
*白石康次郎
 
1967年5月8日東京生まれ鎌倉育ち。1994年26歳の時にヨットで、単独無寄港無補給の世界一周を果たし、当時の史上最年少記録を樹立! 2006年に念願の単独世界一周のヨットレース「ファイブ・オーシャンズ」に出場し、2位でゴールするなど、数々の歴史的な記録を残している日本を代表する海洋冒険家。2016年11月には30年来の夢を叶え、世界でいちばん過酷なヨットレース「ヴァンデ・グローブ」に初出場するも、マストが折れるアクシデントに見舞われ、無念のリタイア。次回2020年の同大会で初完走を目指している。子供たちの自然体験プログラムなどにも熱心に取り組んでいる。
 
白石康次郎オフィシャル・サイト http://www.kojiro.jp/

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