瀬戸内海に浮かぶ小豆島を旅した。
小豆島と聞いて、多くの人が思い浮かべるのはオリーブ、醤油、『二十四の瞳』といったところだろうか。
壷井栄(つぼいさかえ)が書いた小説『二十四の瞳』はこれまでに何度も映像化されている。岬の分教場の近くには昭和62年に製作された映画のオープンセットがあり、小豆島を代表する観光名所になっている。
ベタな観光地に行くのは気が退けるんだけど、昭和初期を再現した町並みや木造校舎と良心くんが似合わないわけがない。位置的にも島の端っこにあって、旅のスタートにふさわしいだろうと考えて、まずは『二十四の瞳映画村』へ向かった。
映画村の入場料は700円。一歩足を踏み入れると、そこは別世界だ。
レトロな昭和の町並みがあるから、だけではない。映画村はアジアの喧噪に包まれていた。中国や台湾、それに韓国の団体旅行者だろう。大型バスで押し寄せて村内を歩き回っている。漢字やハングル文字が青い空に飛び交っているような慌ただしい光景である。
ただし、常に観光客があふれているわけではない。彼らはドッと押し寄せるけど、写真を撮り終わったらじっくり見物することなく、次の場所へ一斉に移動していく。
人がいなくなった隙に良心くんの写真を撮ったが、撮影後もしばらく良心くんをそのまま置いてみることにした。しかしアジアの旅行者たちは、良心くんが映画のセットの一部だと思っているのか、それとも違和感なく風景に溶け込んでいるから気づかないのか、良心くんに何の反応も示さずに通り過ぎていく。
ホッとする反面、ちょっと残念でもある。
小豆島を訪れるのは何度目になるのだろう?
情けないことに明確な答えが出せない。よく覚えていないのだ。雑誌の取材でも何度か来たし、バックパッキングのイベントも開催した。関西のテレビで小豆島を旅する番組を製作したこともあるし、耕うん機の日本縦断でも立ち寄っている。
映画村を出たとき、そういえばこんなことがあったなあ、と旅のエピソードが思い浮かんだ。
15年以上前になる。僕は耕うん機で小豆島を巡ったが、同じ道を往復することになる映画村まで行くのは面倒だからと、草壁港に耕うん機を置いてバスで映画村に行った。
しかし行きはよかったものの、帰りのバスは本数が少なかったので、ヒッチハイクを試みた。すると10分ほどして、年配の婦人2人組が乗る軽自動車が停まった。
「どうかしたの?」
ふたりはヒッチハイクを理解していなかった。状況を説明すると、ふたりは顔を見合わせて、目でお互いに合図するかのような間をとってから僕に言った。
「あなた、今度の選挙はどこに投票するのか決めているの?」
「はあ?」
そのとき、衆議院の総選挙中だった。唐突に言われて面食らった僕が頭を横に振ると、ふたりの目が輝いた。
「○○党に投票してちょうだい。投票してくれるなら、乗せてあげるわよ」
なんだ、それ? 苦笑した僕は「ええ、まあ、どうにか……」と曖昧に返事をして、軽自動車に乗せてもらったのである。
もう昔の話で、とっくに時効だろうから公開しても問題にはならないと思うが、当時このエピソードを雑誌に書こうとしたら編集者に指摘された。
「それって、選挙違反ですよ」
「あ! そうか」
小豆島のおばさんと交わした約束を破るのはもうしわけなかったけど、僕は別の政党に投票したし、雑誌には「それだと選挙違反になるので、受け入れられません」と記述して、選挙違反にあたらないように努めた。
思えば、僕は過去に選挙カーをヒッチハイクしたこともある。それは北海道の話で、地方選挙だったため僕には投票権がなかったから問題ないけど、選挙が行なわれるたびに、小豆島と北海道の思い出が頭をよぎる。
今回の衆院選でも、あのふたりはあの政党を支持していることだろう。
小豆島は島四国と呼ばれており、八十八ヶ所のお遍路もある。
四国八十八ヶ所のお遍路道が全長1300kmほどあるのに対して、コンパクトな小豆島は全長140km程度。1週間以内に踏破可能だし、海沿いから山岳地帯まで変化に富んでいて、バックパッキングの旅には最適なフィールドになっている。
20年以上前になるが、僕は雑誌BE-PALの歩き旅特集で小豆島のお遍路を歩いている。白装束を着て、菅笠も杖もそろえて、完全なるお遍路さんスタイルで数日間かけて小豆島の八十八ヶ所を歩いて巡った。
その後、四国八十八ヶ所のお遍路道を歩く旅が脚光を浴びて、若き巡礼者も見かけるようになったが、まだ若者がほとんどいない時代だった。札所に着くたびに般若心経を唱えて参拝していたら、ある寺の住職さんが笑って言った。
「あんた、その年で熱心にお遍路を歩いているなんて、都会でよっぽど悪いことしたんとちゃうか?」
あの住職さんがどこの寺だったか、これまた記憶にない。眺めがいい山岳霊場だったことは覚えているので、もしかしたら、と思い、二十四の瞳映画村の近くにある第1番札所の洞雲山(どううんざん)と、近隣の第2番札所の碁石山(ごいしやま)へ向かった。
映画村はアジアの喧噪を感じるくらいにぎわっていたが、洞雲山は誰ひとりいない。住職さんもいないし、境内はしーんと静まり返っている。
四国八十八ヶ所のお遍路はほとんどの巡礼者が順番通りに第1番から参拝するため、徳島県の第1番札所、霊山寺は混み合っていて、巡礼用品の販売所も充実しているが、小豆島の場合は交通のアクセスがいい中心街、土庄町から巡拝するスタイルが一般的である。数字の順番にこだわる必要がない。だから島の東端に位置する第1番札所はほとんど後回しにされている。
でも、誰もいないがゆえに洞窟の内部にあるお堂は荘厳な雰囲気が漂っていた。迫力があって、神々しさもある。小豆島八十八ヶ所は四国八十八ヶ所とほぼ同じ、開創から1200年もの歴史があるそうだが、その重みを感じさせるたたずまいだ。
良心くんを出すことに最初はためらいを感じたが、こういう場所にこそ、良心が宿る。
良心くんを出したらまったく違和感なく、風景に収まった。
この場に置いていったら、誰もが最初からここにあった仏像だと思うことだろう。
第1番札所の洞雲山から第2番札所の碁石山までは1kmも離れていない。
碁石山にも誰もいなかったが、見晴らしのいい風景は見覚えがある。山の上にある奥の院は湾を一望できる抜群の眺望が楽しめる。
さっそく良心くんを岩の上に置き、撮影。さらに岩場に鎮座する不動明王とツーショットも撮ったが、この不動明王、よく見ると愛嬌のある顔立ちをしている。
不動明王は怖いくらいの威圧感があるのに、顔はふっくらしているし、睨みつけているはずの目にも愛情が感じられる。
きっと小豆島の温暖な気候と、たおやかな人々に愛されてきたから不動明王も穏やかな顔になってしまうのだろう。頬の膨らみも良心くんに少し似ている。
良心くんを小豆島に連れてきてよかったな、と不動明王の顔を見て思った。
photos by sherpa saito
*二十四の瞳映画村のホームページ http://www.24hitomi.or.jp/
*小豆島観光協会・島四国霊場のホームページ http://reijokai.com/