国内外のロングトレイルを歩いて旅するバックパッカーを肩書きにしている僕ではあるけれど、旅のはじまりはオートバイだった。
二十歳の夏。大学の夜間学部に入った僕は、奨学金を注ぎ込んで中古のオートバイを手に入れ、安物のテントや自炊道具を積み込んで旅に出た。初期投資が必要だったけど、キャンプ用品を揃えれば宿代はかからないし、食費も安く済む。アウトドアの世界に憧れていたわけではなく、貧乏学生ゆえにキャンプ・ツーリングをはじめたのだが、最初の旅で魅せられた。気のむくままにオートバイを走らせ、気に入った場所にテントを張って一夜を過ごす。地球どこでも自分の家になるような感覚。これぞ、自由な旅だと思った。
それからはオートバイの旅が、生きる原動力になった。当時の僕は仕送りもなかったし、大学の授業料も自分で捻出していた。夏休み前にハードなアルバイトをしてしっかり稼ぎ、夏休みはオートバイで旅に出るといった大学生活を送った。オートバイの旅に出られるなら、なんだって我慢できる。それくらい入れ込んでいた。
とくに3年目の夏に出かけた北海道の旅は、強烈だった。あれから30年近く経つが、あの旅を振り返ると今でも胸がキュンとなる。雄大な風景、どこまでも続く広い大地に自分の未来を投影していたかもしれない。地元の人々は遠方から来た若い旅人を温かく迎えてくれたし、自分と似たタイプの旅人が北海道のいたる所にいて、誰とでもすぐに友達になれた。日常生活の僕は社会から落ちこぼれた貧乏な大学生だったけど、旅先では学歴も収入も肩書きも関係ない。ひとりの旅人として対等につきあってもらえる。その平等な感覚が何よりうれしかった。北海道はオートバイの旅人にとっての楽園なのだ、と22歳の夏に摺り込まれた。
そんな思い出多き北海道に、ひさしぶりにオートバイで出かけた。
旅の相棒は、僕がオートバイに夢中だった80年代に生産されたホンダ/CT110だ。ハンターカブとも呼ばれ、オーストラリアでは郵便配達にも使われている。スピードは出ないし、デザインも古臭いけど、こいつはめったなことでは壊れない。名車カブの血筋を継ぐオートバイだけに、エンジンはタフだし、キャンプ用具もたっぷり積める。
良心くんを乗せて旅するにも、ちょうどいいオートバイなのである。
7月上旬。新潟発小樽行きのフェリーには、ライダーの姿もちらほら見られた。
しかし全盛期の夏に比べたら、半分以下ではないだろうか。それに年齢層が高い。人のことを言えた立場ではないが、髪が白かったり、薄かったり、腹が出ていたりで、中年ライダーばかりが目立つ。乗っているオートバイは大型が多く、どのマシンもスマートだ。若い頃は高嶺の花だった大型オートバイだが、お金に余裕ができて、免許制度も緩和されたため(僕がオートバイで旅していた頃は、大型のオートバイに乗っていること=金ではなく、腕と忍耐で運転試験場の限定解除をパスした証であり、大型オートバイに乗るライダーは400cc以下のオートバイに乗るライダーたちから羨望と嫉妬のまなざしを浴びて優越感に浸っていた)手が届く存在になり「昔の夢よ、もう一度」を彼らは求めているのだろう。
同類なんだから、じっくり話をしてみたい。そう思う反面、照れくささと妙なプライドが邪魔をする。それは僕だけでなく、誰もが感じていることなのかもしれない。気楽に打ち解けられた、あの頃の空気感はない。時代が変わったこと、自分たちも年をとったことを実感する。
小樽に上陸してからは、とりあえず北をめざした。多くのライダーは最新の大型マシンでかっ飛んでいくが、排気量110cc、往年の旧型オートバイに乗っているバックパッカーの僕はあくまでスロースタイルだ。先を急がず、走り疲れたら休む。興味深いものを見つけたら道草を食う。バックパッキングの旅と変わらぬスタイルを心がけて、CT110を走らせた。
さて、良心くんには最初にどの風景を見せようか。小樽港や札幌の市街地もいいけど、僕が初めて北海道に来たときに感動したような風景を最初に見せたい。
そう思ったら踏ん切りがつかなくなり、良心くんを出す機会を逸したまま、ひたすら僕はオートバイを北へ走らせることになった。
ようやくその気になったのは、数年前にまだ小学生だった次男とビッグスクーターで走った名寄のひまわり畑だ。オートバイ雑誌の取材を兼ねた親子ツーリングだったため、現地のカメラマンと道中で合流し、ひまわり畑の道路を走っている姿を撮影してもらったのである。
良心くんをバックパックから出し、北海道の雄大な光景を見せ、そしてひまわりの横に立たせてみた。
良心くんの丸顔と、ひまわりの花。
どちらもほんわかとして、いい勝負じゃないか、と思う。
このひまわり畑では、(*)映画『星守る犬』の撮影が行なわれたと入り口の案内板に書いてある。原作のマンガ本は、沖縄の安宿に置いてあったから読んでいるけど、映画は観ていない。家に帰ったら、DVDを借りてひまわり畑を観ることにしよう。
良心くんをバックパックに入れ、僕はさらに北へとCT110を走らせた。
(つづく)
photos by sherpa saito
*編集部註:「漫画アクション」に連載された村上たかし作の漫画
「星守る犬」が原作の映画。公開は2011年6月、主演は西田敏行。
感動的なドラマとして話題になった。