TOP > COLUMN > ムーンライトジョーカー 三浦麻旅子

ムーンライトジョーカー 三浦麻旅子

第2回 プシュカール

寝台の汽車に揺られてアジメールに到着したのは夕方。気持ちが逸っていたのか、宿の当ても無いのにプシュカール行きの最終バスを見つけて乗り込んだ。周りはヒンドゥの修行者であるサドゥでギュウギュウ詰め、不思議な匂いと達観したようなやわらかな空気感が心地好くて懐かしさも感じてしまう。窓の外を眺めても空には月も無くて真っ暗で、右へ左へガタガタの山道という以外はどんな所を走っているのかも分からない。まるでワクワクと不安が交錯するタイムトンネルみたいだ。

これから向かうプシュカールは、天地創造の神ブラフマーが手にした蓮華が地上に落ち、そこから水が湧き出したと伝えられる聖なる湖のあるヒンドゥ教の聖地。
11月の満月に毎年開催されるキャメルフェアの間は、20万人の巡礼者が訪れ、近郊の遊牧民がラクダや家畜の売買の為にキャンプを張り広い砂丘が埋め尽くされるという。それを目当てに、観光客もやってきて人で溢れる。

フェアの間は宿が取り難いという噂だったのでどうなる事かと思っていたのだけれど、そこはインド、ギュウギュウのバスを降りると客引きが寄ってきて「日本人も泊まっているから大丈夫!」と調子のいい事を言っている。この時期、宿賃は普段の7倍にも跳ね上がっていた。
宿に着いてみると、案内された部屋は建て増しの最中で窓には硝子も入っていない。少し冷えてきたし“参ったな~”とは思ったが、疲れきってそれ以上動く気力も無く、最後の力を振り絞り狭い階段で荷物を運んで堅いベッドに倒れ込んだ。

朝目覚めて屋上でジャムトーストと温かいチャイの朝食をとり、どんなところなのか散策に出る。
一目で見渡せる小さな湖のまわりを白い巡礼宿や食堂が囲むように建っている。
いくつものヒンドゥ寺院があり、祈りの音楽が流れ、岸辺は沐浴のガートになっていて途絶える事無く祈りが捧げられているのだろう穏やかな空気が流れている。
湖の畔を歩いていると、通りかかったガートで「お祈りをどうぞ。」と声をかけてもらい。先祖と家族の名前を唱え、感謝して、オデコに赤い印のビンディーとお米をつけてもらった。

ガートの階段を上がりアーチを抜けて路地に立ってもそこからは砂丘があるとは想像できない。散策をしながら人の流れに付いていってみると、目の前の景色が抜けて、道の脇に屋台テントが並ぶ通りに出た。さらに丘をのぼっていくと本当にラクダの地平線が広がっている。圧巻の光景。その中に観覧車とふたつの大きなテントを見つけた。
あった。きっとサーカスだ!胸を躍らせて近づくと、丁度昼のショーが始まるというので、さっそく5ルピーでチケットを買って、まばらな客席に座った。客が少ないせいなのか、なんだか荒んだ感じ。5歳くらいの少女の曲芸が始まるけれど、やる気が無いのかつまらなそうで、こっちまでつまらなくなってくる。これもあのサーカスとは違うのか。と悲しくなったが、もうひとつのサーカスに望みを託すことにして、夕餉の煙に誘われてチャパティとサブジでお腹を満たし、何とも言えない深い色合いに染まった砂丘を味わって宿に戻った。

次の日は、のんびりと砂丘に向かった。もうひとつのテントに近づいてみるが、まだショーが始まる気配はない。こっちのサーカスは“どうかな~”と何気なく囲い中を覗いていると、赤茶色のサリーの恰幅良いおばさんが「オープンにはまだ時間があるから中に入りなさい。」とサーカステントの裏手へ招き入れてくれた。
住居テントが並んでいて。その中の一番大きなテントにパイプ椅子を持ってきてくれて、腰掛けた。そこには4つの簡易ベッドと大きなトランク、中央には祭壇が置かれてクリシュナの絵が飾られ、香が焚かれていた。
いつの間にか、他の女性や子供たちも見慣れない客に興味深げに集まってきてこちらを見ている。
皆と話したいのだけれど、コトバが通じない。持っていたヒンディー語会話集から拾い上げたセンテンスと、ジェスチャーでパズルを組み合わせる様にしてなんとかコミュニケーションをとって、カメラを指しながら「写真を撮らせてほしい。」とお願いしてみた。果たしてどこまで伝わったのか分からないけれど。快く他のテントへも案内され、皆に紹介してくれた。

これが夢の中で探していたあのサーカスなのだろうか。
「マルチサーカス」との時間が流れ出した。

(続く)

前の記事へ 次の記事へ

COLUMN

Buisiness TODAY” 
シェルパ斉藤の“ニッポンの良心” 
こんにちはさようならHOLARADIOS〜矢口清治のラジオDJ的日々〜” 
きっこうのハッピー・ゴー・ラッキー人生 〜セカンドライフを社会貢献で楽しむ徒然日記〜
内田正洋 内田沙希 シーカヤックとハワイアンカヌー 海を旅する父娘の物語
ムーンライトジョーカー 三浦麻旅子
スタッフ募集