


月も満ちキャメルフェアも終盤になると、ラクダレースが開催され、集まった人々のテンションも一気に上昇する。眠らない夜の時間を持て余す男たちのために、サーカス小屋では短縮されたショーが繰り返し披露された。そんな状況が夜中の3時頃まで延々と続く。
サーカス団にとっては、まさしく稼ぎ時だ。
現在では子供達をサーカスで働かせる事は禁止されたと聞いたが、その当時は子供も眠い目をこすりながら衣装に着替え、頑張って芸をする。ただ、子供だからといって容赦はない。何かヘマをすると、大声で怒鳴られた。
砂丘では日没と共に、ジリジリと照らしていた太陽の熱があっという間に砂に吸い取られて足下から冷えが浸透してきて凍える寒さになる。
それでなくても裏方仕事までしなければいけない団員はみなヘトヘトだったが、焚き火で暖をとりながら、なんとかショーをこなし、稼ぎ時をしのいでいった。
繰り返されるショーの中でも私はやはり道化師トリオのコントが好きだった、声のトーンや間合いが私にとってはツボで、何度でも飽きる事無く笑えた。
そして身勝手な旅人の私は、どうしても眠くなると団長の寝床を借りて仮眠し、気付いたら朝になっていた事もあった。今になって思えば本当に申し訳なかったと思う。
そんな喧噪も終わり別れが近づいたある日。サーカスの子供達と村を歩いている時に泊っていた宿の子供達とバッタリ会った。少しやり取りをしただけなのに、それを見ていた母親が「サーカスの子供となど話をしてはいけません。」と、宿の子供達を注意した。
忘れていた。インドにはカーストという制度があったのだ。
そして、サーカスはカースト外なのだそうだ。
この国の人々の意識の底に根深く横たわる差別意識をあらためて思い知らされた。と同時に、どちらの子供達にも嫌な思いをさせてしまった。と複雑な気持ちを噛み締めた。